「世界酒場紀行」

 右も左も分からない異国の地。いくらか緊張しながら入った酒場でグッと呑みほすビールの旨さといったら! 緊張が徐々に解けていって、周囲の酔っぱらいに不思議な親近感を持つ瞬間——。僕にとっての旅の醍醐味はまさにそこにあります。

 というわけで、2008年12月号の「CDジャーナル」誌で書かせていただいた短い原稿をアップ。題して「世界酒場紀行」。

 昨年、僕は世界各国の音楽を追いかけて長い旅に出ていた。その町のライヴ情報を探り、現地情報を収集する一方で、夜になると大抵現地の人々に紛れ込んで酒をあおった。今思うと、そんな僕の旅はほとんど「音楽と酒を巡る旅」だった気もする。
 10か国ほど行ったヨーロッパの中で、生ビールが一番旨かったのは断然スペイン。この国では生ビールのことを「カーニャ」と言って、よく冷えたカーニャをタパスと共に胃へ流し込むのは最高の気分である。ただし、バルは長居する場所ではない。財布に余裕があればフラメンコのショウを観ることができるタブラオに場所を変えてもいいけれど、僕の場合は手頃なクラブに足を運ぶことが多かった。バルセロナのような都市部であれば気軽にその町のローカル・アーティストを観ることができたし、複雑なパルマ(手拍子)を笑顔で披露してみせる観客の女の子を眺めているのも楽しいものだ。ポルトガルのリスボンでは、ファドが流れるカーサ・ド・ファドで白ワインをグイッといきたい。ファドの哀愁の響きにほろ酔い気分で耳を傾けていると、ヨーロッパの辺境の地までやってきてしまったという実感がこみ上げてきたものである。
 マグレブを含む地中海周辺をウロウロした後、僕は一気に南米へ飛んだ。冬のサンチアゴやブエノスアイレスで呑んだワインもたまらない美味しさだったけれど、滞在期間中、ひたすらアルコールを呑み続けたのはブラジルのサルバドールでのことだった。僕がこの町で昼から晩まで呑んでいたのがカシャッサ。ピンガとも呼ばれるこの蒸留酒にライムや砂糖を入れるとカイピリーニャというカクテルになるが、安酒場ではこのカシャッサをストレートで呑む。使い捨ての小さなカップに入ったこの液体を3杯も呑めば、あっという間にフラフラ。その状態で、暗くなると町を練り歩き出すアフロ・ブロコのビートや、そこいら中で演奏されているサンバやパゴーヂに耳を傾け、千鳥足でステップを踏むのである。たった2週間の滞在だったが、こんな生活を半年も続けたら誰だって立派なアル中になるだろう。
d0010118_222516.jpg 南米の後はカリブへ。ジャマイカのゲットーでは爆音のサウンドシステムに合わせてレッド・ストライプをあおり、キューバでは老演奏家によるソンを肴にモヒートを。中でも忘れられないのが、トリニダード・トバゴで呑んだラムのココナッツ・ウォーター割り。カリブ最南端に位置するこの国を訪れた時、季節はちょうどカーニヴァルの真っただ中だった。国全体が浮き足だったような、狂乱の日々。爽やかな味わいを持つラムのココナッツ・ウォーター割りは、カーニヴァルで火照った身体と心をクールダウンさせる効果があった。あの味だけは、あの場所・あの時間でしか味わうことのできなかったものだったと、今改めて思う。
 思い返すと、いい音楽の傍らには常にいい酒があった。それは週末になるとクラブやバーへと足を運ぶ現在の日々とも大して変わらないけれど、異国のざわめきの中で味わったそれは、今も僕の耳と舌にしっかりと余韻を残しているのである。
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by hazimahalo | 2009-02-15 02:24 | 酒と食